大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)3453号 判決 1984年4月26日
原告 日本フイツクス株式会社
被告 亜南興業株式会社 外一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金二四〇〇万円及び右金員に対する昭和五八年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告亜南興業株式会社は、別紙物件目録記載の物件を製造し、販売し、使用し、貸渡し、又は販売若しくは貸渡しのため展示してはならない。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二請求原因
一1 訴外日本鋼管株式会社(以下「日本鋼管」という)は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有している。
考案の名称 架構材の取付金具
出願 昭和四六年九月三〇日(実願昭四六―八九六九二)
公告 昭和五二年八月九日(実公昭五二―三四八〇四)
登録 昭和五三年九月二九日(第一二四七五四四号)
実用新案登録請求の範囲
「 断面U字型をなす取付金具の両支持鈑に、その上縁より夫々水平架構材を支持する略半円形の凹欠部を欠切し、該凹欠部における垂直架構材挿通部寄りの周縁にテーパーピン打込み用の挿入溝を欠切した架構材の取付金具において、両支持鈑における前記テーパーピン挿入溝の下方に、夫々少なくとも下縁が水平架構材側に高く、垂直架構材側に低い傾斜面とした平板テーパーピンの挿入孔を連通開設したことを特徴とする架構材の取付金具。」
2 原告は、昭和四四年頃、本件実用新案権につき、日本鋼管から通常実施権の設定を受けた。
二1 本件考案は、断面U字型の取付金具1の両支持鈑2にその上縁より水平架構材Aを載架するための半円形凹欠部3を欠切し、この凹欠部3の内周面上にテーパーピンの挿入溝4を欠切した架構材の取付金具において、両支持鈑2におけるテーパーピン挿入溝4の下方に夫々少なくとも下縁が水平架構材側に高く垂直架構材側に低い傾斜面とした平板テーパーピン6の挿入孔7を連通開設することを構成要素とする。
2 本件考案は、右の構成を採ることによつて次の作用効果を奏する。すなわち、
従前の取付金具が有する欠点、つまり<1>水平架構材を載架しなければテーパーピンを挿入できないから、それまで取付金具自体を手で持ち上げていなければならない点、<2>取付金具が垂直架構材に沿つて摺動落下する点を解消し、取付金具が水平架構材を取り付けるまでの間仮止めされると共に、取付完了後において水平架構材に荷重が作用した場合別の平板テーパーピンによる楔効果により垂直架構材に対し一層強固に固定され摺動落下の危険を確実に防止し得る。
三1 被告らは、昭和五五年九月頃から別紙物件目録記載の架構材の取付金具(以下「被告製品」という)を製造販売し、使用し、譲渡または貸渡のため展示している。
2 なお、被告株式会社明徳製作所(以下「被告明徳製作所」という)は、現在被告製品の製造販売を中止している。
四 被告製品は、本件考案と同一の構成を採り、それによつて同一の作用効果を奏している。
なお、被告製品には、取付金具U字形の底辺に菱形の穴一個、両翼端近くに円形の穴が各一個開設されているものの、これらは作用効果に何の影響をも及ぼさないから、被告製品は本件考案の技術的範囲に属する。
したがつて、被告らの被告製品製造販売行為は、本件実用新案権を侵害する違法なものといわなければならない。
五1 被告亜南興業株式会社(以下「被告亜南興業」という)は、元原告の従業員北村某が同被告会社に入社したのを機として、右訴外人と共謀の上原告の製造にかかる本件考案の実施品(以下「原告製品」という)と同様な製品を製造販売しようと企て、原告の下請業者として原告製品の製造を行つていた被告明徳製作所に依頼して被告製品を製造させた上これを販売してきたものであり、被告らの右製造販売は、共同不法行為に当たる。
したがつて、被告らは、不真正連帯の関係で原告に対し、その蒙つた後記損害を賠償する義務がある。
2 原告は、右実用新案権侵害行為により、昭和五五年九月一日から同五八年四月までの間合計八〇〇〇万円以上の売上減を生じており、原告製品の利益率は販売価額の三割相当である。
したがつて原告は、二四〇〇万円相当の利益を喪失し、右同額の損害を蒙つたことになる。
六 よつて原告は、被告亜南興業に対し、債権者代位権に基づき被告製品の製造販売の差止め、被告ら各自に対し、損害金二四〇〇万円及び右金員に対する本訴状送達の日の翌日であり、かつ、本件不法行為の後である昭和五八年五月二八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。
第三請求原因に対する答弁
(被告亜南興業)
一 請求原因一1は認め、同2は不知。
二 同二は不知。
三 同三1は否認し、同2は認める。被告亜南興業は、その製品「スーパージヨイナー」(以下「SJ製品」という)の製造をはじめたのは昭和五七年七月からであり、その構成が本件考案の構成要件と異なることは後記のとおりである。
四 同四は争う。
五 同五1中、原告の元従業員北村が被告亜南興業に入社したことは認めその余は否認する。同2は否認する。
六 同六は争う。
(被告明徳製作所)
一 請求原因一、二、四、六の認否は被告亜南興業に同じ。
二 同三1は否認し、同2は認める。
被告明徳製作所は、昭和五五年九月以前から同五七年末まで株式会社森脇プレス工業所より注文を受けて被告製品の下請加工をしたことはあるけれども、同五八年以降は右加工を行つていない。なお、右の下請加工は、右訴外会社が原告より製造の注文を受けた「FIX」の下請である。
そして、被告明徳製作所が「S・J」の下請加工をなしていたのは昭和五七年一〇月頃から同五八年三月末頃までの期間で、同年四月以降は、右加工を行つていない。
三 同五は否認する。
第四被告亜南興業の主張
一 仮に原告がその主張のとおり通常実施権を有するとしても、原告は、訴外日本鋼管との契約に基づき非独占的な通常実施権者たる地位を有するにすぎない。
右通常実施権者に止まる原告は、以下の理由により、第三者である被告に対し、債権者代位の法律構成を採つても差止請求権を認められないし、債権侵害も不法行為を構成する旨の一般論によつて損害賠償請求権を認めることも許されない。すなわち、実用新案法が専用実施権制度を明定して通常実施権との区分を明確にしている以上、実用新案権者、専用実施権者の差止・損害賠償請求権に関する同法二七条ないし三〇条を通常実施権者に類推適用すべきでないからである。
二 被告は、左記実用新案権(以下「被告権利」といい、その考案を「被告考案」という)につきその権利者である訴外田中友爾から実施権の設定を受け、その実施品としてSJ製品を製造販売している。
考案の名称 パイプの接続取付器
出願 昭和四五年七月六日(実願昭四五―六七四一六)
公告 昭和五三年九月一一日(実公昭五三―三七四五二)
登録 昭和五四年七月三一日(登録第一二九九九八〇号)
実用新案登録請求の範囲
「 金属やプラスチック製のU字状屈曲の接続取付器Bの一方を屈曲面3に加工し、その屈曲面3の中央部に切欠4を設け、屈曲面3を上下に分断し、その屈曲面3の内面に、垂直パイプ14を垂直に嵌着し、接続取付器Bの側面中央の穿孔5、5′に角錐クサビ5Aを差込み垂直パイプ14を挾持し、接続取付器Bの両側に穿設した弧状穿孔1、1′に水平パイプ13を積載し、穿孔2、2′にクサビ15を差込み、垂直パイプ14と水平パイプ13とを挾持する、一方屈曲支持板7の2の条孔9、9′に接続取付器Bの開放側壁8、8′を内部に挾持せしめ、屈曲支持板7の他方を、上縁K、K′に条孔11、11′を挾持せしめ、穿孔6、6′に角錐クサビ16を以て、屈曲支持板7を接続取付器Bに挾持し、更に屈曲支持板7の中央部から内部に突設した、突出支片12、12′により水平パイプ13を挾持して成る耐振性を強化したパイプの接続取付器。」
三 本件考案の構成要件は次のとおりである。
(a) 断面U字形をなす取付金具1の両支持鈑2に、その上縁よりそれぞれ水平架構材を支持する略半円形の凹欠部3を欠切し、該凹欠部における垂直架構材挿通部寄りの周縁にテーパーピン打込み用の挿入溝4を欠切した架構材の取付金具において、
(b) 両支持鈑における前記テーパーピン挿入溝4の下方に、それぞれ少なくとも下縁が水平架構材側に高く、垂直架構材B側に低い傾斜面とした平板テーパーピン6の挿入孔7を連通開設したこと。
(c) 架構材の取付金具であること。
四1 本件考案は、下記の理由により実用新案法第三条の二、又は実用新案法第三条二項の規定によつて無効とされるべきであるから、本件実用新案権に基づく差止、損害賠償請求権の行使は許されない。
(一) 被告考案は本件考案の先願に当たるところ、以下のとおり、被告考案の願書に最初に添付された明細書及び図面(乙第一〇号証)には本件考案の構成要件のすべてを含む技術が示されている。すなわち、乙第一〇号証の第1、第2図には、U字状の継手(取付金具)Bの上縁に水平パイプ(水平架構材)13を積載する穿孔(凹欠部)1、1′を設けると共に、前記穿孔(挿入溝)2、2′を設ける一方、穿孔2、2′の下方に、下縁が水平パイプ13側に高く、垂直パイプ14側に低い傾斜面とした穿孔(挿入孔)5、5′が設けられている。そして、前記穿孔5、5′にクサビ(テーパーピン)15を嵌着して、垂直パイプに継手を固定し、穿孔2、2′にクサビ(テーパーピン)16を差し込むことにより水平パイプを固定することが記載されている。
被告考案の作用効果は、本件考案のそれを包含する。
(二) したがつて、本件考案は、実用新案法第三条の二により無効とされるべきである。
2 また本件考案は、特公昭四二―二六五八一号公報(乙第一一号証)及び昭和二七年六月一八日に日本国特許庁に受け入れられた西ドイツ特許第八三〇五六五号明細書(乙第九号証)に記載の考案から当業者であれば極めて容易に推考できたものである。
(一) すなわち、乙第一一号証には、本件考案の構成要件(a)が開示されていることは、その記載より明らかである。
そして、本件考案は、乙第一一号証に開示のものに、(b)の構成要件つまり平板テーパーピンの挿入孔7を付加したものに相当するところ、乙第九号証には、キー(平板テーパーピン)5を挿入する穴(挿入孔)6、7が設けてあり、同号証に開示の技術はキー5により取付金具を垂直軸1に固定するものである。
ただ、本件考案における平板テーパーピンの挿入孔7の下縁が水平架構材側に高く、垂直架構材側に低い傾斜面となつているのに対し、乙第九号証における穴6、7の下縁は垂直軸と直角になつている点において相違する。
しかし、乙第九号証のものにおいても、キー5により取付金具を仮止めできることは勿論、取付金具に水平軸による荷重が作用すると、取付金具もキー5を中心に回動されるようになり、キー5のエツジが垂直パイプの周面に喰い込むようになり、本件考案と同一の作用効果を奏すことになる。つまり、右の構成上の相違は単なる設計上の微差にすぎない。
(二) 右のとおり、乙第一一号証、第九号証には、それぞれ本件考案の構成要件の(a)、(b)が開示され、しかも、いずれも本件考案の構成要件(c)を充足する物品が示されているため、当業者であれば、本件考案を乙第一一号証、第九号証から極めて容易に推考できたものである。
したがつて、本件考案は進歩性を有せず、実用新案法三条二項により無効となるべきものである。
第五原告の反論
被告亜南興業の主張中原告が本件考案につき日本鋼管から許諾を受けている通常実施権が非独占的なものであるとの点は認め、その余の主張はすべて争う。
一 被告亜南興業は、現行実用新案法が専用実施権者につき差止・損害賠償請求権に関する規定を置いていることを理由に通常実施権者である原告には右各請求権がないと主張する。
1 ところで、独占的通常実施権については、それが専用実施権に相当するところから第三者が正当な権限なく実施すれば、それによつて債権内容の実現が妨げられ権利が侵害されたとして損害賠償請求権及び差止請求権が一般に認められている。これに対して非独占的通常実施権は、独占的通常実施権と比べても権利の不可侵性を有する点において差異がなく、第三者が不法に債権を侵害するときは損害賠償の責に任ずべきである。原告は、通常実施権に基づき原告製品の製造販売をしてきたところ、被告らが本件考案と構成・作用効果を同じくする被告製品を製造販売したことにより、請求原因五2記載のとおり損害を蒙つた。
したがつて、非独占的通常実施権者であつても不当に自己の権利を侵害されたことによる損害賠償請求権が認められるべきである。
2 また、非独占的通常実施権者は、左記のとおり、債権者代位権に基づく差止請求権を有する。
すなわち、実施許諾者は実施権者に対し、当該実施権を契約に基づいて実施しているのであるから、妨害を排除すべき契約上の義務を負う。したがつて第三者が無権限で実用新案権と同一若しくは類似品の製造を実施する場合には通常実施権者は実施許諾者に代位して差止請求をなしうるというべきである。
第六証拠<省略>
理由
一 請求原因一1の事実(日本鋼管が本件実用新案権を有すること)は当事者に争いがなく、同2のうち原告が本件考案につき通常実施権を有することは成立に争いのない甲第三号証により認められる。そして原告の右通常実施権が非独占的なものであることは原告の認めるところである。
二 そこで、このような非独占的な通常実施権に損害賠償請求権及び債権者代位権に基づく差止請求権が認められるか否かにつき検討する。
1 本件の如き通常実施権は債権であり、排他性を有しないものの、権利の不可侵性という一般論からいえば、債権侵害の不法行為を肯定することも可能である。しかしながら右侵害のすべてが不法行為を構成するのではなく、不法行為の成否は、当該権利の性質、侵害行為の態様などを総合して決められなければならない。
そこで本件における非独占的通常実施権についてこの点をみることとする。
実用新案法一九条二項には、「通常実施権者は、……設定行為で定めた範囲内において業としてその登録実用新案の実施をする権利を有する。」と規定しており、右の規定よりすれば、通常実施権の許諾者は、通常実施権者に対し、当該実用新案を業として実施することを容認する義務、すなわち実施権者に対し右実施による差止・損害賠償請求権を行使しないという不作為義務を負うに止まりそれ以上に許諾者は実施権者に対し、他の無承諾実施者の行為を排除し通常実施権者の損害を避止する義務までを当然に負うものではない。
また、当然のことながら、通常実施権を設定した実施許諾者は、更に複数の者に実施させる権利を有すると共に無承諾で当該考案を実施している第三者を放置する自由をも有しており、したがつて非独占的な実施権者は常に同種権利者による競合実施の結果生ずることのある売上げ減などの損害を受けうる立場にあるといわなければならない。
そして、実用新案の侵害者が侵害行為により受けた利益をもつて権利者の損害と推定する旨の実用新案法二九条一項及び実用新案の実施に対し通常受けるべき金銭すなわち実施料相当額を権利者の損害額として請求できる旨の同条二項には、権利者として実用新案権者と専用実施権者のみが記載されている。
右のような非独占的通常実施権の性質及び侵害者の利益による損害の推定規定・実施料相当の損害に関する規定中の権利者として通常実施権者が記載されていないことなどに鑑みると、第三者が具体的に実施権者の実施行為を妨害する挙に出たような場合は格別、実用新案権者の承諾なしに当該考案を実施しているだけでは、いまだ非独占的通常実施権者に対する権利侵害があつたということはできず、結局右侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことに帰する。
2 次に、債権者代位権に基づく差止請求権行使の可否につきみる。
債権者代位制度は、元来債務者の一般財産保全のためのものであり、特定債権保全のために右行使を許すのは、その本来の趣旨からして、自ずから限度があり、例えば、順次転売された不動産の最終買主が自己の売主に対する登記請求権を保全するため売主の前主に対して有する移転登記請求権を代位行使する場合(大審院明治四三年(オ)第一五二号同年七月六日判決、大審院民事判決録一六輯五三七頁)、土地賃借人がその占有を第三者に不法に侵害されたことを理由に、賃貸人たる土地所有者の有する妨害排除請求権を代位行使する場合(大審院大正九年(オ)第七五二号同年一一月一一日判決、大審院民事判決録二六輯一七〇一頁)には、債務者の無資力の立証を要することなく代位権の行使が許されると解されるところ、右事案における権利は、それぞれ不動産の登記請求権、占有を伴う不動産利用権といつた重畳的な行使が許されない性質のものである。ところが、非独占的通常実施権は重畳的に権利行使が可能であることは前記説示のとおりであるから、特定債権の保全のため代位権の行使が例外的に許されている右の各場合とは性質を異にし、債権者代位権による保全は許されないというべきである。
しかも前記説示のとおり、非独占的通常実施権者の許諾者に対する請求権が当該考案の実施を容認させる不作為請求権の性質を有するものであり、第三者による侵害の存否が許諾者の実施権者に対する債務の履行・不履行に拘りがない(なお本件においても、日本鋼管が原告に対し、第三者の侵害行為を差止めるべき作為義務を特約したことを認めしめる証拠はない)以上、通常実施権者が許諾者の有する侵害者に対する妨害排除請求権を代位行使することによつて許諾者の実施権者に対する債務の履行が確保される関係にはないのであるし、本件全証拠によるも日本鋼管が無資力であるとは認められないから、結局実施権者は許諾者に対し債権者代位による保全の必要性をも欠くといわざるを得ない。
三 以上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 鎌田義勝 徳永幸藏)
物件目録<省略>